2026年10月08日
経営管理プログラムのコア科目である「マーケティング」は、1年次の必修科目として開講されています。講義では、マーケティング・マネジメントや消費者行動の基礎的な知識を前提として、応用的な分野を扱います。また、講義内容と関連した論文やケースを読み、グループでの討議・発表を行うことを通して、マーケティング現象に対する幅広い知識と、それを応用する能力を修得していきます。今回は本講義を担当する上原渉教授にお話を伺いました。
「マーケティング」と聞くと、商品やサービスを売るための広告、価格設定、販売促進などを思い浮かべる人も多いでしょう。しかし、経営管理プログラムでマーケティングを学ぶ学生の多くは、実際にマーケティング部門で働いているわけではありません。そこでこの講義では、マーケティング実務を学ぶ「マーケティング・マネジメント」ではなく、経営の視点からマーケティングを考える「マネジリアル・マーケティング」を重視しています。
企業経営における1つの重要な考え方は、どのような部門の仕事でも最終的には顧客に価値を届けることにつながるというマーケティング志向です。また、マーケティングは社内だけで完結するものではなく、顧客や取引先など、社外との関係をどのようにつくるかということにも深く関わっています。だからこそ、マーケティング部門で働く人だけでなく、将来、経営に携わる人にもマーケティングを学ぶ意味があります。
1年次の春夏学期に必修科目として履修する「経営戦略」との関連性が高く、そこで学ぶ競合との差別化や産業全体についての考え方、経営戦略のフレームワークなどは、「マーケティング」の講義においても重要な基本知識となります。
かつての日本企業では、「営業部門はあるけれど、マーケティング部門はない」という会社も少なくありませんでした。現在でも、さまざまな部署が顧客ニーズの調査、製品開発、価格決定、販売チャネルの企画、広告やコミュニケーションなどのマーケティング機能の一部を担っているという例が多く見られます。つまりマーケティングとは特定の部署だけが担う仕事ではなく、企業活動のさまざまな部分に関わるものだと捉える必要があります。ですが、それぞれの部署にはそれぞれの価値観があり、例えば、生産や財務部門は効率性を重視する一方、マーケティングは第一に「顧客に価値を届けるためには何をすべきか」という視点で考えます。経営者にとって重要なことは、こうした社内にある異なる価値観の中で、顧客の視点をどのように位置づけるかということです。
講義では、企業におけるマーケティングの位置づけだけでなく、異文化の消費者、ブランディングやブランドポートフォリオ、消費者行動など、マーケティングに関わる個別のテーマも扱っています。
例えば、海外市場に進出する際には、異なる文化や価値観を持つ消費者に、どのように価値を届けるかを考えなければなりません。製品を変えるだけではなく、価格、広告、流通、さらには製品開発そのものまで、さまざまなマーケティング上の意思決定が関わってきます。また、ブランドについても、単に一つの商品をどのように差別化するかというだけではありません。複数のブランドをどのように組み合わせ、企業としてどのブランドに投資して育てていくのかという「ブランドポートフォリオ」の視点から考えます。消費者行動も重要なテーマです。人はなぜその商品を選ぶのか、なぜ特定のサービスを利用するのか。インターネットやソーシャルメディア、AIなどによって消費者を取り巻く環境が変化するなかで、企業は消費者の行動をどのように理解すればよいのかを考えます。
授業は講義だけでなく、グループワークと組み合わせて進めます。約60人の学生を5~6人ずつのグループに分け、各グループでは課題についてレポートを作成し、学期を通じて複数回発表します。レポートは7~8枚程度になることもあり、学生にとっては決して軽い授業ではありません。
課題について検証するケースワークでは、自分が所属する会社の事例を使うことが多く、「自社ではマーケティングがどのように行われているのか」「他社と何が違うのか」「どこに課題があるのか」を考えることができます。教員から一方的に答えを学ぶのではなく、学生同士で考え、議論することにも大きな意味があります。
実は、私はもともとマーケティング研究者を目指していたわけではありませんでした。一橋大学商学部で金融関連の授業を多く履修し、金融機関への就職を考えていました。その一方で、金融機関にマーケティングの視点を持って入れば、自分なりの強みになるのではないかと考え、ゼミではマーケティングを専攻しました。
実際に金融機関に就職しましたが、顧客を起点に考えるマーケティングの発想が仕事と合わず、悩むこともありました。その後、大学院進学を考えていたところ、指導教員だった古川一郎先生(現一橋大学名誉教授)から研究者になることを勧められ、マーケティング研究の道に進みました。
当時、研究テーマとして取り組んだのがグローバル・マーケティングです。大きく成長していた中国市場において、日本企業が市場の成長に十分乗り切れていないのはなぜなのかという問題意識から研究を進めました。その後は東南アジアにも研究対象を広げ、日本企業の海外展開における課題を研究しています。
マーケティングの面白さは、「分からないことがいっぱいあること」だと思います。消費者はなぜその商品を買うのか、なぜあるサービスを楽しむのか。世代が変われば消費行動も変わり、AIやソーシャルメディアなど新しい技術が登場すれば、企業と消費者との関係も変化します。
近年は、企業が自らデータを収集し、施策の効果を測定できるようになるなど、マーケティングの方法そのものが変わりつつあります。こうした変化の中から新しい問いが次々に生まれることも、マーケティングを研究する魅力の一つです。
マーケティングは「サイエンスとアートの組み合わせ」と言われます。マーケティングを学ぶことは、単にデータ分析の方法やマーケティングの知識を身につけることではありません。物事をどのような視点から考えるのか、企業にとって顧客とは何か、事業を成長させるためにどのような判断が必要なのか。そうした思考の土台となる価値観を身につけることにつながります。
マーケティング部門で働く人だけでなく、これから経営に携わる人にとっても、マーケティングを理解することは重要です。授業では教員から学ぶだけでなく、さまざまな経験を持つ学生同士が学び合うことも大きな財産になります。ぜひ自分の仕事や経験を持ち寄り、考え、議論し、アウトプットすることを大切にしてほしいと思います。