2026年03月18日
1月初旬に集中講義として開講された「特別講義(イノベーション・マネジメント)」(担当教員:経営管理研究科 西野和美教授、野間幹晴教授)は、スタートアップ企業のCFO(Chief Financial Officer)として求められるスキルの修得とセンスの醸成を到達目標として実施されました。講義では、資金調達や企業価値評価、成長戦略の設計など、スタートアップの経営に不可欠なテーマが取り上げられました。
近年、スタートアップを取り巻く環境は大きく変化しています。東京証券取引所がグロース市場の上場維持基準を見直し、2030年以降は上場から5年経過している企業に時価総額100億円以上を求めることになるため、小型の株式公開は減少傾向にあります。また、VC(Venture Capital)のファンド期限を迎える企業が増えることで、セカンダリーマーケット(流通市場)での未上場株式の取引も拡大すると同時に、上場企業のMBO(Management Buyout)も増加しています。こうした環境下で、スタートアップ企業のCFOには、これまで以上に高度な戦略性と説明力が求められています。さらに、生成AIの普及により、「平均的な人材」では差別化が難しい時代に入りました。スタートアップでも、より高い付加価値を創出できる人材が不可欠となっています。
本講義では、ベンチャーキャピタリストであるKUSABI代表パートナーの渡邊佑規氏、グロービス・キャピタル・パートナーズ株式会社プリンシパルの中村達哉氏を講師としてお招きするとともに、テーマごとに多彩なゲストにご登壇いただき、スタートアップ企業の戦略や経営についてお話を伺いました。ここでは、その一部をご紹介します。
スタートアップ経営を理解する
グロービス・キャピタル・パートナーズ株式会社 プリンシパル 中村達哉氏
スタートアップのゲームのルールを理解する
世界には1億5000万以上のスタートアップが存在し、平均して毎日13万7000社が設立されています。スタートアップとスモールビジネスの最大の違いは、成長スピードにあります。スタートアップはファンドから資金を調達し、約10年という期間の中で、売上を50億円、100億円規模へと一気に拡大することが期待されています。不確実性が高く、成功確率は1%前後とも言われていますが、成功したときには大きなインパクトとなります。
では、成功のためのカギは何でしょうか。これは、マネックスグループ株式会社取締役議長・松本大氏の言葉ですが、経営とは「トルク(組織能力・技術・特許)× 回転数(仮説検証・実験・PoC)= 馬力(事業成果・競争力・優位性)」で表されます。トルクに相当する能力は努力だけで獲得することが難しい一方、回転数はやればやっただけ差がつきます。仮説を立て、検証し、改善を重ねる。この高速な試行錯誤こそが、スタートアップ最大の武器となります。そのため、大企業がスタートアップとの協業において回転数を落とすようなことがあれば、それはスタートアップにとって致命的になりかねません。
スタートアップの成長には、大きく分けて二つのタイプがあります。一つは、売上や顧客数の拡大といった定量的に示すことができる連続的成長ですが、これは遅行指標にあたります。もう一つは、企業価値に関する仮説を証明しながら想定市場を拡大していく、非連続的・飛躍的な成長です。こちらは、将来の急成長を予測させる先行指標となります。VCにはこの非連続的成長を見抜く力が求められ、スタートアップのCFOには、その成長ストーリーをいかに分かりやすく伝えられるかが問われます。
企業価値は、目指す成長の「高さと飛距離」、そしてその実現可能性によって決まります。まずは、経営の意思としてどれほど高い目標を掲げるのかを明確にし、そこから逆算して必要な投資や経営体制を整えることが重要です。また、成長プロセスを進めるうえでは、「回転数」に加えて、事業拡大の推進力となるスケールドライバーを特定し、そこへ最も効率的に資本を投下することが求められます。CFOは、経営トップと同等の解像度で全体を把握し、なぜそれがスケールドライバーとなるのか、その投資対効果はどの程度なのかを明確に説明する必要があります。
事業づくり-「問い」と「タイミング」
スタートアップにおける最大の失敗理由は「マーケットニーズの不在」であり、最大の成功理由は「タイミング」です。解くべき問いや参入のタイミングを誤ると、どれほど努力しても成果にはつながりません。古い事例としては、自動車の登場が挙げられます。わずか13年で、ニューヨーク5番街は馬車から自動車へと置き換わりました。自動車そのものはそれ以前に発明されていましたが、フォードによる大量生産技術の実用化によって、一気に普及が進みました。「移動」という人間の根源的なニーズと、大衆車が登場したタイミングが合致した好例と言えます。
事業づくりにおいては、社会課題に着目し、ペインを解消するという視点だけでなく、「どのような未来を実現したいか」というビジョンから逆算するアプローチも重要です。未来を構想し、その実現に向けて必要な技術や市場を組み立てていく発想が、スタートアップに期待されます。
事業戦略とファイナンスをつなげる
講義シリーズ3日目の前半では、中村氏より複数の成長モデルが紹介され、それぞれのモデルにおいて、どのタイミングでどれほどの資金が必要になるのかというエクイティストーリーの重要性について解説がありました。
後半は、核融合スタートアップを創業した長尾昂氏(京都フュージョニアリング株式会社 共同創業者)と、ベンチャーキャピタリストの沼田朋子氏(株式会社C1 Capital 代表取締役)をお迎えし、パネルディスカッションが行われました。
京都フュージョニアリング株式会社 共同創業者 長尾昂氏
私は、以前は戦略コンサルタントとしてエネルギー戦略に携わった後、エネルギー系スタートアップに転職しており、キャリアを通じてエネルギー分野に興味を持っていました。しかし、いざ自分で起業するとなると太陽光発電や蓄電池はすでに商業化が進んでおり、新規参入には遅いと考えていました。そのような中で、京都大学の小西哲之名誉教授と出会い、「核融合でビジネスモデルを作ろう」という構想のもと、2019年に京都フュージョニアリングを共同創業・代表取締役に就任しました。
当初は懐疑的な声も多くありましたが、核融合に必要な装置「ジャイロトロン」の受注を獲得したことが大きな転機となりました。資金調達は、創業時に約1億円、その後約3億円を調達しました。この段階では政府の補助金も活用しつつ、慎重な経営を行っていました。その後、約13億円、さらに約120億円へと調達額が拡大し、組織や事業規模も急速に成長させました。必要な資金が数十億円レベルになるとその規模の補助金は当時はなかったので、エクイティ中心の資金調達へと移行します。初期はVCからの調達が中心でしたが、次第にコーポレートVCからの調達割合が増えていきました。投資家に対しては、技術の競合優位性に加えて、「核融合産業を構築する」という大きなストーリーを伝えたことが評価につながったと思います。
株式会社C1 Capital 代表取締役 沼田朋子氏
VCとして注目する点は「その技術で何の課題を解決したいのかが明確かどうか」であり、さらに、「その先のマネタイズまで見通せているか」「それを実行できるチームが存在するか」という点です。技術が優れているだけでは、ビジネスとして成立しないケースが多くあります。
成功例としては、アストロスケールという持続可能な宇宙環境(スペースサステナビリティ)に専業で取り組む会社があります。私は前職ジャフコでその会社に投資をし、累計約440億円の資金調達を一緒にやってきました。創業者の岡田光信氏は、スペースデブリの問題を解決したいと思って起業しました。前例も実績もない中で、創業者自身が仮説を立て、学会などで検証を重ねながら事業を構想していきました。明確なビジョンを持つ創業者が中心となり、役割に応じた人材を集め、チームを構築した好例です。
アストロスケールのように未開拓のフロンティアに挑戦する場合は、「その分野で最初に一番になる」と決め、大胆に資金を集めて市場を取りに行く戦い方が有効です。一方で、すでに大きなプレイヤーが存在する場合は、そのプレイヤーたちが将来直面するであろう課題に焦点を当て、タイミングを見極めながら資金を集める戦略が求められます。いずれも、この講義でも取り上げられた「問い」と「タイミング」の最適化ということであり、それにファイナンスをつなげていくCFOの役割は極めて大きいです。