HUB-SBA MAGAZINE

わたしの一冊 一橋大学教員のお薦めの本
第15回 小西大(経営管理研究科教授)

2025年04月10日

山野井 泰史著(2010.11.01)
『垂直の記憶 岩と雪の7章』:山と溪谷社

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著者は「世界最強」、「生きているのが不思議だ」と言われた山野井泰史というアルパイン・クライマーだ。同氏は2021年にアルパイン・クライミングで最高の栄誉とされるピオレドール生涯功労賞を受賞し、世界のレジェンドに名を連ねることになった。

この本は酸素ボンベを使用せずフィックスロープも設置しない、ザックひとつで一気に頂を目指す究極のスタイル、その大半を単独で挑戦した7つのヒマラヤ登山記録によって構成されている。無事登頂したこともあれば登頂したものの命からがら生還したこと、登頂叶わず撤退したことも記されている。決して小説仕立てのドラマチックな書きっぷりではなく淡々と事実を記述しているのだが、それ故に本人のみが記憶する緊張や恐怖、究極の決断を読者も垣間見ることができる。生死のはざまで限界ぎりぎりの登攀を行う著者の本当の気持ちは常人には分かるはずもないが、死を意識することで最も輝く山野井氏の姿からは正しい狂気の存在が感じられる。

著者は次のように書いている。「登山家は、山で死んではいけないような風潮があるが、山で死んでもよい人間もいる。そのうちの一人が、多分、僕だと思う。これは、僕に許された最高の贅沢なのかもしれない。(中略)ある日、突然、山での死が訪れるかもしれない。それについて、僕は覚悟ができている。」

山野井氏には「正しい死」というものがある。三島由紀夫『葉隠入門』と合わせ読むことを勧めたい。

※現在、文庫本のみで発売中

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