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大学やスタートアップと企業の架け橋として-「テクノロジー・マネジメント」講義より

2025年01月06日

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秋冬学期開講の「テクノロジー・マネジメント」(担当教員:西野和美教授)では、競争力や付加価値の源泉として技術を考える際に必要となる諸理論、そして企業成長や産業発展における技術の役割と影響等について、講義だけでなくケース・ディスカッションを多く行うことで理解を深めています。11月15日には、産学連携によるイノベーションのエコシステム構築において実績のある鈴木亮太氏(株式会社アルバクロス 代表取締役パートナー、東京大学大学院工学系研究科・田中研究室 学術専門職員)を招き、「産学連携・社会実装型VCのオープン・イノベーション的アプローチ」と題して講義をいただきました。


ファイナンスの立場から事業支援を経験

私は、京都大学を卒業後、1989年に日本興業銀行(現みずほ銀行)に就職して以来ファイナンスの領域を歩んできました。90年代には構造不況業種と言われていた小売・流通企業を担当し、その後、2000年代には2つのプライベートエクイティファンド、日本産業パートナーズ株式会社とポラリス・プリンシパル・ファイナンス株式会社(現ポラリス・キャピタル・グループ株式会社)の立上げに参画し、さまざまな投資案件に取り組んできました。

日本産業パートナーズでは、当時、日本電気株式会社(以下、NEC)のレーザー事業部門を本体から切り出して、レーザーフロントテクノロジーズ株式会社として子会社化し、そこに日本産業パートナーズが投資するというのが1号案件でした。この会社はその後、医療機器などのオムロン株式会社に買収され、さらに現在は半導体製造装置のTOWA株式会社の傘下でレーザー技術を生かしています。

ポラリスでの1号案件は当時の大手流通グループ・セゾングループの株式会社西友でした。西友の子会社に株式会社スマイルという商社があり、レジ袋などの包装資材のきめ細かい配送サービスを提供していました。売上の半分が西武百貨店や西友などのセゾングループ、残る半分がグループ外の顧客によるものでした。しかし、2002年に西友がウォルマートに買収されたことを契機に、当時はまだあまり行われていなかったMBO(経営陣による買収)の手法を使い、スマイルから西友向け以外の事業の経営権をポラリスが筆頭株主となる別会社に移しました。

これらの経験を通じて、その事業がどのような価値を持ち、どのマーケットに向けて展開すればより成長させられるかを見極める力を養うことができました。これは、イノベーションを成功させるために大変重要な要素であると考えています。

大学で生まれる技術をいかに社会実装するか~アルバクロスの事例から

現在、私は大学での研究開発を社会実装につなげるためのベンチャーキャピタルファンド、株式会社アルバクロスの代表取締役パートナーを務めています。私自身は、東京大学大学院工学系研究科の田中謙司教授の研究室にも所属しており、そこから生まれる技術を基にしたスタートアップを支援しています。産学連携では、教育・研究に軸足を置く大学側の成果が学会での論文発表等にとどまり、研究成果を事業に活用した企業側からの収益還元を得ることが難しいというギャップが生じることがよくあります。「もっと大学側に還元してもらいたい」という思いで大学の外にファンドを作り、投資家から集めた資金の一部を研究成果の事業化資金として使わせてもらうことに加えて、キャピタルゲインが出た時には成功報酬として一部を研究室に寄付する仕組みを構築しました。

弊社が手掛けた事例として、株式会社ボルテオという東大発のスタートアップ企業があります。この会社の代表者は田中研究室の特任研究員で、これまでさまざまなプロジェクトを通じて機械学習を用いたエネルギー関連の予測・異常検知、それらに基づく最適化などの研究を進めてきました。そうして培った技術やノウハウを企業ニーズとマッチングさせるのが弊社の役割です。

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再生可能エネルギーの導入が進む中、天候などによる発電量の変動に対応するためには、可能な限り発電量を正確に予測する技術開発が重要です。また、近年、FIT(Feed-in Tariff)からFIP(Feed-in Premium)への移行*1やコーポレートPPA*2の導入拡大に伴い、再生可能エネルギーの発電量予測や販売計画策定などの必要性が一段と高まっています。さらに、太陽光発電設備を新設できる場所が限られてきている中で、既設の発電所をより効率的に稼働させるためには、太陽光発電設備の異常検知も重要な取り組みです。そこでボルテオは今年3月、太陽光発電事業者へのアセットマネジメントとテクニカルマネジメントの包括提供に取り組むA&Tm社とともに、設備の異常検知を可能とするシステムの開発を始めました。これは、ボルテオが東大で培ったデータサイエンス技術の応用と、A&Tm社が保有する大量の発電所データの活用を掛け合わせたことにより実現したもので、両社をマッチングさせたのが弊社です。異常検知によって故障の早期発見・早期対応が可能になり、機会損失の大幅な低減が見込まれます。また、発電量予測ニーズに対しても、ボルテオは今年10月、エネルギーAIプラットフォーム「bolteo ai」を開発し、第一弾として太陽光発電と風力発電の発電予測サービスの提供を開始しています。

*1 FITからFIPへの移行:FIT制度は、再エネ設備から発電された電気(再エネ電気)をあらかじめ決められた価格で買い取るよう電力会社に義務付けた制度で、2012年に開始された。その後20年に、固定価格での買取りではなく、電力市場の価格と連動した発電を促すFIP制度に移行した。FIPでは、再エネ発電事業者は事前に発電の計画値を申請し、実績と差が生じた場合は、その差を埋めるための費用を負担する必要がある。

*2 コーポレートPPA:Corporate Power Purchase Agreement 企業が発電事業者との間で長期にわたって結ぶ再生可能エネルギー電力の購入契約

大学やスタートアップと企業をテクノロジーでつなぐ

大学と企業のマッチングと言っても、学生が企業に話を持ち込んで簡単に道が拓けるものではありません。最初にお話しした通り、イノベーションを成功させるためには事業としての価値を見極めることが大切であり、そうした視点をもって大学と企業の間をつなぐ人が重要な存在となってきます。ですから私は、会社側とは最近の事業環境の変化について議論し、新たに生まれるニーズやペインを把握した上で、「この大学でこんな研究があるが興味はありますか」と持ち掛けるようにしています。また、学生側には、1ユーザーの立場ではなくビジネスの立場でものごとを考えるようにリードしています。時にはビジネスパーソンとしてのイロハから始めることすらあります。

大学やスタートアップと企業の架け橋として注意しているのは、長期的にアライアンスを組んでくれる相手を見つけることです。企業から見て学生やスタートアップは安く使える開発チームのように思われがちです。企業がどのように市場動向を見ているか、数年後の姿をどう描いているかをじっくり議論した上で、その中でこの学生たちやスタートアップをどう位置づけるのか確証を持てることが大切であると考えています。もちろん、学生やスタートアップ側も途中で逃げないように、その覚悟を確認する必要があります。

最近は、大学の研究を企業に紹介する流れとは逆に、企業側のニーズを拾って大学側に還元するということもやっています。企業は積極的にオープンイノベーションを行うようになっており、企業側のニーズが分かると学生やスタートアップ側もその方向に進んでみようという気になりますし、企業としてはまずは大学と共同研究から始めるということもあります。

典型的なベンチャーキャピタルのビジネスモデルが広く事業提案を集めてその中から出資先を選定しているというものであるのに比べて、かなり手間のかかるプロセスを行っていますが、私の場合は早い段階からきめ細かい橋渡しを行うことで、実際に起業に至る確率は高く、かつ大学と企業の双方にWin-winの成果を生むことができると考えています。

<西野和美教授>

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近年、オープンイノベーションに取組む企業が増えていますが、期待通りの成果を挙げるものばかりではありません。要因として、企業側のペインやニーズがスタートアップ側に伝わらないということが考えられます。そうした中、「バウンダリースパナー」と言われる、境界線で異なる人同士をつなぐ役割が重要になってきます。そこで必要な能力は、単に人的なつながりを持っているだけではなく、技術を経営の言葉に変えたり、企業のロジックを学生やスタートアップにも分かるように伝える「翻訳力」です。経験豊富な鈴木氏から、そうした「翻訳」について多くの実例を伺うことができました。

 

鈴木亮太氏

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1989年 日本興業銀行(現みずほ銀行)入行
     90年代を通じて当時「構造不況業種」と言われた小売・流通企業を担当
1999年 興銀証券(現みずほ証券)出向
     2000年より非上場企業投信に関与
2002年 日本産業パートナーズ株式会社 設立・出向
2005年 ポラリス・プリンシパルファイナンス株式会社 設立・出向
     (現ポラリス・キャピタル・ファイナンス株式会社)
2008年 みずほプリンシパルインベストメント株式会社 転籍
     国内外の非上場企業に対するエクイティ・メザニン投融資
     国内外の証券化不動産に対するエクイティ・メザニン投融資
     国内外のファンド投資(プライベートエクイティ・デット・船舶・コンテンツ)
     2015-2021年 同社代表取締役社長
2021年 独立
     7月より東京大学・田中研究室に非常勤の学術専門職員として参画
     9月 株式会社アルバクロス設立
2024年 なかのアセットマネジメント株式会社 社外取締役

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