2024年12月17日
10月17日、一橋大学CFO教育研究センター主催、TCFDコンソーシアム共催による「サステナビリティ経営の実践と進化-持続的な価値創造のための人財育成」と題したシンポジウムが、大手町フィナンシャルシティにおいて対面とオンラインの両方の形式で開催されました。シンポジウムでは、持続的な企業価値創造に向けて、サステナビリティ経営をいかに実践し、進化させていくべきかについて、企業経営者の視点で討議が行われました。基調講演をキリンホールディングス株式会社 常務執行役員 CSV戦略部長・藤川宏氏よりいただき、その後、 脱炭素成長型経済構造移行推進機構(GX推進機構)理事・梶川文博氏と一橋大学CFO教育研究センター・伊藤邦雄センター長との対談が行われました。シンポジウムの最後には、本学がTCFDコンソーシアムと協力して来年1月より開始する、サステナビリティ経営人材育成のためのエグゼクティブプログラム「一橋大学GX/SX経営人財育成プログラム」について加賀谷哲之教授(経営管理研究科)より紹介がありました。
基調講演
基調講演「キリングループのCSV経営と環境取組」
キリンホールディングス株式会社 常務執行役員 CSV戦略部長 藤川宏氏
現在、キリングループでは酒類・飲料を中心とする食領域の事業や、協和キリン株式会社による医薬事業、食と医療をつなぐヘルスサイエンス事業を柱とする多角的な事業展開をしています。その共通の基盤となっているのが、発酵とバイオテクノロジーの技術です。1981年に掲げた長期ビジョンにおいてすでに将来の高齢化社会を見据えて、発酵・バイオテクノロジーを利用した医薬事業など、現在のCSV*1の源流となる活動が始まりました。2010年にはポーター賞*2を受賞し、マイケル・ポーター教授からCSVについて直接お話を聞く機会を得て、それをきっかけに13年に日本では初となるCSV専門の部門を立ち上げました。
現在、このCSV戦略部が中心となって、会社全体としてのパーパスの明確化や価値保全・価値創造のための事業戦略、グループ内のサステナビリティ情報の一元化によるモニタリングなどを行っています。今年4月には、経済産業省による「SX銘柄2024」*3に選ばれました。こうしたサステナビリティ活動を支える人材の育成にも注力しており、主に戦略立案を得意とするストラテジスト、広範に渡るグループ会社のフォローアップ役となるアクセラレーター、変化が激しい海外でのガイドラインの動向などを調査するスペシャリストを計画的に育てる努力をしています。
*1「CSV」:Creating Shared Value(共有価値の創造)の略。経済的価値と社会的価値の両立を目指す経営を意味しており、米国の経営学者マイケル・ポーター教授が提唱者。
*2「ポーター賞」:製品、プロセス、経営手腕においてイノベーションを起こし、これを土台として独自性がある戦略を実行し、その結果として業界において高い収益性を達成・維持している企業を表彰するもの。運営は、マイケル・ポーター教授と共同研究を行うなど長年交流のある一橋ビジネススクール国際企業戦略専攻(ICS)が行っている。
*3「SX銘柄2024」:SX(サステナビリティ・トランスフォーメーション)を通じて、持続的に成長原資を生み出す力を高め、企業価値向上を実現する先進的企業群を選定・表彰するもので、初回となる本年は、キリンホールディングスを含め15社が選定された。
対談
対談「サステナビリティ経営人財の育成と価値創造」
脱炭素成長型経済構造移行推進機構(GX推進機構)理事・梶川文博氏
一橋大学CFO教育研究センター・伊藤邦雄センター長
梶川氏
GX推進機構は、GX推進法に基づき、環境改善と競争力強化を目的として、今年7月に設立されました。政府のGX移行債による予算措置を利用して民間企業のGX投資に対して金融支援を行うほか、排出権取引市場の運営、GX政策推進に向けた調査を主な事業としています。
伊藤センター長
脱炭素成長型経済構造へ徐々に移行していくという日本の戦略は、現実的な政策として世界から高く評価されています。実際に、CO2排出が多い企業は大きな変化が必要となるわけですが、そうした産業のGXのための技術的なロードマップも政府は明らかにし、着実な変革を行おうとしています。
梶川氏
GX人材の育成については、GX推進に伴う環境変化の中で予想される労働移動において「公正な移行」の必要性が政府の「脱炭素成長型経済構造移行推進戦略」において明記されています。他方、GXリーグという官民でGXに関するルールメイキングを議論する場では、「公正な移行」だけではなく「競争戦略」としての人材育成が注目されています。特に、GXに「関わる」人材とGXを「推進する」人材に関してどのような能力が必要かということを明らかにしようとしています。例えば、TCFDのフローが分かる人、情報開示のルールに精通している人、戦略立案・投資立案ができる人など、4つのタイプに分けて定義しているスキル標準は大いに参考になると思います。
伊藤センター長
経営陣も、GXの専門人材に任せておくということではなく、自分自身がリーダーとなって取り組む必要があります。近年、取締役のスキルマトリックスが開示されていますが、全取締役のGXスキルに〇が付くくらいにならなければ、競争戦略としてのGXも、「公正な移行」も実現しないと思います。「公正な移行」については、政府が示す「三位一体の労働市場改革」にも大いに関連しています。三位一体とは、①リ・スキリングによる能力向上支援、②個々の企業の実態に応じた職務給の導入、③成長分野への労働移動の円滑化です。それぞれにGXの推進は深くつながっており、サステナビリティ経営をめぐる政策として全体像が見えてきたと考えています。
梶川氏
サステナビリティ経営は、会社の1部署または1社で実現するものではなく、さまざまな垣根を越える活動が必要となります。そうした「越境」により、既存組織(ホーム)と別組織(アウェイ)を行き来し、自らを客観視するとともに、そこから生まれる違和感の解消を双方の変革につなげることが大切だと考えています。
伊藤センター長
私も「人的資本経営」という文脈で「越境」の必要性を提唱しています。最近は、社内公募制度や副業という形で「越境」が見られますが、こうした「越境」の効果としては、まさしく垣根を越えるということと共に、垣根を溶かすということもあると思います。GXという新たな領域へと垣根を越えることで、新しい価値が生まれることを期待しています。