HUB-SBA MAGAZINE

「マーケティング思考」はビジネス全般に応用できる
――土合朋宏客員教授に聞く

2023年02月02日

一橋ビジネススクールでは経営管理専攻のMBA生を対象に、三枝匡経営者育成基金による寄附講義を開講しています。その一つ、「経営実戦論」を担当する土合朋宏(どあい・ともひろ)客員教授は日本コカ・コーラ(株)マーケティング本部バイスプレジデント執行役員、20世紀フォックスホームエンターテインメント(株)代表取締役社長などを経て、現在は外資系映画配給会社のCMO(最高マーケティング責任者)を務めています。自らの経験で培われた「実学」をどのように学生に伝えているのか、お話を伺いました。

体験から学んだ「逆境は成長のもと」

――若い頃にどんなキャリア目標を持っていましたか。成長の節目になるような出来事はあったのでしょうか。

土合朋宏先生
土合朋宏先生

マーケティングを自分のキャリアの柱にしたい、海外との架け橋になりたい。指導教官だった竹内弘高先生(一橋大学名誉教授)の影響もあって、学生時代から漠然とそう思っていました。就活は必ずしもうまくいったわけではなく、紆余曲折があったものの、縁あって外資系企業でマーケティングの職を得ることができました。

私は「逆境は成長のもと」だと思っています。若い時にとんでもなく厳しい局面に陥り、窓際に追い込まれる経験をしました。それでも、「もう1回だけ頑張ってみよう、完全燃焼するまでやってみよう」と粘った。苦しい時期は2年ほど続きましたが、結果的になんとか乗り越えることができた。この時の経験が、その後のすべてのキャリアにつながっています。

――CMOとして、どんな点に留意してきましたか。

異なる二つの命題をいかにバランスさせるかがCMOの大事な役割だと考えています。例えば「売上・利益の最大化とインパクトの最大化」、「短期志向と長期志向」といったことです。短期的には話題になっても、長い時間をかけて築いてきたブランドのアセットを食い潰してしまうことも起こりかねませんから。また、マーケティングの基本である「消費者ベネフィットと商品のユニークネス」についても同様です。異なるもののどちらかを選ぶのではなく、両立させてバランスをとっていくことが重要なのです。

――CMOの資質はどのようなものだと考えますか。

まずはマーケターとしての資質がないと難しいと思います。この点では「好奇心」と「WHY(なぜ?)を問い続けること」が大事でしょう。そのうえでCMOとしての資質ですが、CMOとはつまり"経営者兼マーケター"なので、「数字とアートの両立」が求められます。資質についても2つのバランスですね。経営者としては、徹底的に数字を追っていかなければなりません。その一方でマーケターとしてはアート的センスや感性も重要になります。どちらについても、ある程度まではトレーニングで磨くことができると考えています。

ゲスト講義により、多様な「実戦論」を伝授

――「経営実戦論」の講義は2021年度に7コマでスタートし、22年度は14コマに拡大されました。

実務家である自分が、マーケティング分野でどんな付加価値を学生に提供できるのか。マーケティングは経営学の中でも最も実務に近いところに位置する。そこで、できるだけ実践的(実戦的)な内容を織り込みました。「マーケティング思考」、つまりマーケティング的な考え方は他のビジネス分野にも広く応用でき、新しい未来を切り開く力を持つ。そんな思いを込めて「経営実戦論」というタイトルの講義にしています。

――講義においては各界の第一線で活躍する多彩なゲスト講師を招いています。

それぞれのゲストの講義は私の講義と対をなすものです。たとえば鷹野志穂さん(元ロクシタン代表取締役社長)による新規事業開発を中心とする講義は、私自身の経験に基づく新規事業・新製品開発の講義とセットです。ゲストから実体験を話してもらい、私のパートでは一般化したKFS(Key Factor for Success:重要成功要因)やルール・原則などを補足していきます。

――22年度の魚谷雅彦・資生堂社長によるゲスト講義では、講演の後に、SDGs(持続可能な開発目標)やサステナビリティをテーマに学生とのディスカッションが行われました。

魚谷雅彦先生
魚谷様(株式会社資生堂 代表取締役 社長 CEO(ご登壇当時))

今、SDGsやサステナビリティを考えることが、マーケティングにおいても世界的潮流になっています。資生堂さんはこの面でも日本をリードする存在なので、非常に参考になるお話を伺うことができました。

事前の課題図書には、レベッカ・ヘンダーソン(ハーバード大学教授)『資本主義の再構築』を挙げました。「SDGs/持続可能な社会の構築を、株主利益の最大化を目指す私企業でどう両立できるか?」という、挑戦的なディスカッション・テーマを掲げましたが、今の学生の問題意識にフィットしたようで、白熱した議論が展開されました。

「いけばな」を題材に、経営に必要な美意識を考える

――池坊の森由華先生を招いての回では、いけばなのデモンストレーションを取り入れています。これこそ、ユニークネスの極みですね。

森由華先生
土合先生(左)
森先生(一般財団法人 池坊華道会 評議員)(右)

3つの問題意識があります。マーケティングはクリエイティブや感性と呼ばれる分野と不可分です。様々な要素をロジカルに分析・リサーチするのがマーケティングの大原則とはいえ、感性・クリエイティビティを突きつめていくと、「果たして本当にいいものをリサーチで選べるのか」という問題に直面する。この問題に迫りたいというのが1つ目です。

2つ目は、最近の経営者には美意識が重要だと言われます。でも、MBAの通常プログラムでは触れづらい分野だと考え、あえて私の授業で扱うことにしました。

3つ目は、せっかく日本のMBAコースなので、日本固有のアートや美意識に触れる機会があってもいいのではないか。そこで、恩師の池坊の森由華先生に学生たちの前で、いけばなのデモンストレーションを行ってもらい、ビジネスとのつながりの部分を考えてもらう。550年を超える歴史を持つ池坊の華道は、ブランディング論からも、日本特有の家元制度という組織論からも大変興味深い考察対象で、学生たちも様々な角度から質問をぶつけてきますよ。

――「経営実戦論」を受講した学生にどんなことを期待しますか。

「マーケティング思考」は、新しい価値を他の人に効果的に伝え、共感してもらって、新しい社会・価値を一緒につくり上げていくのに極めて有効なツールです。私はこのツールの使い方を教えるだけで、その先は皆さん次第。皆さん一人ひとりに、「あるべき未来」を切り拓くための実践をしていってもらいたいと切に願っています。

一橋ビジネススクール 三枝匡経営者育成基金 
https://www.saegusa.hub.hit-u.ac.jp/


土合朋宏客員教授略歴

一橋大学大学院商学研究科修士課程修了、日本コカ・コーラ(株)マーケティング本部バイスレジデント執行役員、20世紀フォックスホームエンターテインメント(株)代表取締役社長などを経て、現在は外資系映画配給会社バイスプレジデント上席執行役員 マーケティング本部統括。

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