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経営者の役割は「社員の未来」をつくること――新宅祐太郎特任教授に聞く

2023年01月05日

一橋ビジネススクール「経営管理プログラム」においては、実業界で顕著な実績をもつ経営者が特任教授として講義を行っています。「経営者講義B」を担当する新宅祐太郎先生はテルモ株式会社において代表取締役社長を務め、グローバルM&A(合併・買収)を数多く実践し、会社を成長に導いた経験を持ちます。その経験をどのように学生に伝えているのか、お話を伺いました。

事業再生の現場で蘇ってきた「MBAでの学び」

――新宅先生は1979年に大学卒業後、東亜燃料工業(現・ENEOS)に入社されています。若い頃の経験で印象に残っているのはどんなことでしょうか。

新宅祐太郎先生

入社したのは第二次石油危機の直後です。当時の東燃は本業の石油だけでなく、再生可能エネルギー、バイオなど最先端分野での事業多角化を進め、先進的経営をしていて、そんな点に魅力を感じて入社しました。最初の配属先は経理部。上司である当時の課長さんが実質的なCFO(最高財務責任者)の役割を果たしており、そんな上司に憧れて私の最初のキャリア目標はCFOになりました。その上司の勧めもあって、米国にMBA留学し、戻ってからは財務部、社長室、人事部などで経験を積みました。

社長室では「CEO(最高経営責任者)アシスタント」を他の二名の若手とともに任され、この経験が、のちに社長になった際に非常に役立ちました。社長になると、様々な"事件"が毎日のように起こります。でも、「これは以前に経験したことの変化型にすぎない」と、慌てなくてすんだのです。

40歳の頃に、業績不振に陥っていた石油化学関連のグループ会社に派遣されて、再建を任されることになります。同じ石油関連でも、もといた石油精製と石油化学とでは全く別の産業。どんな産業でも通用する経営能力を身に付ける必要性を痛感しましたね。ビジネススクールで勉強した内容が圧倒的なリアリティをもって蘇ってきました。組織論、経理、財務など全ての知識を総動員して連動させないと経営再建はできません。経営全般を見ることの大切さに気づき、この頃から、目標がCFOからCEOに変わっていきました。

――東燃に25%ずつ出資していた石油メジャー、エクソンとモービルが1999年に合併し、エクソンモービルが議決権の過半数を占める親会社になります。新宅先生がテルモ株式会社に転職されたのはこの年の初めですね。

大株主の支配力が強まると、経営の自由度が狭まり、多角化などもやりにくくなります。それが転職の背景です。上司が当時のテルモ社長を紹介してくれたことがきっかけで、医療機器という全く未知の世界に飛び込むことを決断しました。

最初はもちろん、カルチャーギャップがありました。それを埋めるために、営業部員(MR)に頼んで、顧客(医療機関)訪問に同行しました。MRは毎日、足を棒にして何軒も回って、顧客の要望を聞く。時には無理難題に近いものもある。それでも、何とか解決策を探っていく。この会社はこういう地道な苦労の上に成り立っているのだと、足元から実感できました。

一方、マクロ的にみると、業界の国際競争が非常に激しくなっている。米・欧の競合企業は買収を繰り返して、あっという間に1桁規模の大きな会社になっていく。それにどう立ち向かっていくか。それにはグローバル化、M&Aの推進、事業ポートフォリオの入れ替えといった新たな成長戦略が不可欠です。私の講義では、私自身の経験を踏まえて、それぞれの内容について詳しく触れていきます。

「高度な常識」こそが役に立つ

――テルモでの最初の仕事が、買収した企業のPMI(Post Merger Integration=買収後の統合プロセス)だったとのこと。

米国3M社から人工心肺事業を買収し、そのPMIを手掛けました。最近は、PMIの様々なテクニックが出回っていますが、私は教科書的なテクニックより、むしろビジネス上の「高度な常識」のほうが重要だと考えています。自社のやり方の押しつけや組織統合による目先の合理化によって、優秀な人が抜けてしまっては元も子もない。真のシナジー効果とは何か。「本当に事業価値の増加につながるのか、競争力の強化につながるのか」という判断こそが重要なのです。

――2005年に執行役員に、2010年には社長に就任されています。

社長に就任した時期に直面した経営課題は、「コモディティ化」への対応でした。専門性が高いとみられていた、主力事業のホスピタル事業が急速にコモディティ化していった。米・欧の競合は東南アジアに工場をつくってローコスト化を進めたのです。それにどう対抗していくか。そこで、既存事業は徹底的に"守り"の態勢で臨み、その一方で、より成長性、収益性が高い事業を伸ばすことにより、事業ポートフォリオを組み替えていこうと図りました。

その一環として、社長になった翌年、輸血関連事業分野の世界的大手企業、米国カリディアンBCT社を買収しました。26 億ドル超、自社にとって過去最大の買収です。ところが、ちょうどそのタイミングで東日本大震災が起きてしまいました。震災後の計画停電により、国内の医療機器の製造現場は大混乱に陥った。その対応に追われながら、同時に巨額の買収を実施しなければならない。まさしく、経営者としての胆力が試される経験でした。

5年、10年経ってから役立つことを伝えたい

――経営者の使命とはどのようなものだと考えますか。

会社を成長させ、社員が自分たちの将来は明るいと思える会社にすること。社長の最大の使命とはこれに尽きると思っています。

私の話は、学生の皆さんに明日からすぐに役立つようなものではありません。5年、10年経った時に、「あの先生が偉そうに言っていたのは、こういうことだったのか」と思ってもらえたらいい。今の日本の若い人たちは、下り坂の厳しい時代を生きています。しかし、どんな時代であっても、個々の会社、個々人のキャリアは、やりようによっては上り坂に変えられる。皆さんが主体的にキャリアを開発し、いい人生を送ることに私の講義を少しでも役立ててもらえたら本望です。


新宅祐太郎特任教授略歴

1979年3月
東京大学教養学科国際関係論卒
1979年4月
東燃株式会社(現:ENEOS株式会社)に入社
1983年6月
カリフォルニア大学バークレー校経営大学院 MBA取得
1999年1月
テルモ株式会社に入社
2010年6月
同社代表取締役社長に就任
2017年6月
参天製薬株式会社 取締役に就任
2018年3月
株式会社クボタ 社外取締役に就任
2018年4月
一橋大学大学院経営管理研究科客員教授
2019年9月
株式会社構造計画研究所取締役

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