HUB-SBA MAGAZINE

経営者としての「あり方」の確立を――榎戸康二客員教授に聞く

2022年12月22日

一橋ビジネススクール「経営管理プログラム」においては、実業界で顕著な実績をもつ経営者が客員教授として講義を行っています。「経営者講義C」を担当する榎戸康二先生は、パナソニック株式会社で常務、専務などを歴任、現在は創援株式会社代表取締役として中小企業支援に尽力されています。自身のご経験や経営哲学についてお話を伺いました。

「弱者の戦略」と「強者の戦略」

――榎戸先生は1983年に大学卒業後、松下電器産業(現・パナソニック)に入社されました。若い頃の経験のうち印象的だったのはどんなことですか。

榎戸康二先生

忘れられないのは1989年、29歳の時から担当した北米のコンピュータ事業での経験ですね。当時、主力商品だったプリンタが絶好調で、その販売網に乗せてノートPCを発売したのですが、全く売れずに大赤字に。必死に手を打ちましたが、どうにもならず、心身共にボロボロになって、もう失うものは何もないと思った時に気づきました。「メダカがサメに向かって戦っているようなもんじゃないか」と。そこで、「弱者の戦略」をとることにしました。つまり、「小さな池の大きな魚」になることを目指したのです。

「小さな池」として、ある業界に目をつけ、その業界向けの専用機も開発しました。これが大ヒットして業績も急回復し、二桁利益率を達成しました。この「弱者の戦略」は、新規事業開発やジリ貧の事業の立て直しなど様々な局面で応用可能で、授業でも詳しく取り上げています。

――2005年には米国に本社があるパナソニック アビオニクス(株)の担当になり、2007年に同社社長に就任されています。

アビオニクス社では、「強者の戦略」を推し進めました。同社は航空機内で映画や音楽を楽しめる機内エンタテインメントシステムの会社で、着任時点で50%超のシェアを持っていました。エアライン業界の成長に伴い、売り上げ増が見込まれましたが、利益はそれ以上に伸ばせるはずだと思い、一気に攻勢をかけた。複数の施策のうち一つだけ簡単に紹介すると、この当時、この分野の将来性に注目して韓国のサムスンが専用のタブレット端末を開発してきました。そんなライバルと不毛な競争をするのではなく、むしろ自社のプラットフォームの中に取り込み、「食物連鎖の頂点」を自らが取っていく。こうした施策がうまくいって、私の在任中に販売額を3倍に、利益を8倍に伸ばすことができました。

「弱者の戦略」と「強者の戦略」は全く異なるので、経営に携わる人には、この二つをきちんと使い分けることが求められます。

経営の「やり方」と経営者としての「あり方」

――その後、2015年にはパナソニック(株)AVCネットワークス社社長(カンパニー長)パナソニック本体の常務に就任、翌年には専務に就任されています。

この時に注力したのは、ビジネスモデルの大胆な転換です。パナソニックはそれまで、B to Bのソリューション事業に何度も挑みながら挫折を繰り返してきました。敗因は、家電事業で培った商品軸の経営管理システムを使い続けてきたことにあります。そこで、AVCネットワークス社では、商品を売るのでなく、「顧客である業界の困り事を解決する」という業界軸のソリューションビジネスに改めました。その軸に合う事業部をこのカンパニーに集約したところ、業界軸ベースの経営管理システムで全て回るようになり、構造転換が実現できたのです。授業では、こうした大企業のビジネスモデル転換の課題についても扱っています。

――榎戸先生ご自身は経営者として何を重視されていますか。

リーダーとして私自身が心掛けてきたのは、①「経営の動体視力」を鍛えること、②人の「心を動かす」こと、③ぶれない「思想軸」を確立すること、の三つです。いずれも40歳代半ば過ぎくらいから、努めて意識するようになったものです。

「経営の動体視力」とは、あたかもスローモーションで見るかのように、普通は見えにくい「変化の兆し」をしっかりととらえる視点、というほどの意味です。私の場合、前述のアビオニクス社に着任した頃から、米国経済の変調をなんとなく感じるようになりました。そこで2006年頃に社員の採用を止めたところ、2008年にリーマン・ショックが発生。雇用を守りたい一心で必死に目を凝らしていた結果、からくも危機的状況を回避できました。

動体視力の基礎は若いうちから培うことができます。私の場合は若い頃から、経済、経営だけでなく歴史、宗教など人文・社会科学全般、さらには宇宙科学、量子論、生物科学、医学などの自然科学まで意識的に学んできました。自然の摂理を理解し、ものの見方の基礎ができていれば成功すると私は信じています。

二番目の、人の「心を動かす」ためには、人間力を磨き、それをベースに対話を重ねることが重要で、そうすれば組織として圧倒的にスムーズに物事が流れるようになります。授業においては、「(経営力)=(経営スキル)×(人間力の二乗)」という方程式で説明しています。あえて「二乗」というところがミソなのですよ。

三番目の、ぶれない「思想軸」ができると、怖いものがなくなります。正しいと信じたことを実行するのに一切の迷いがなくなる。こうした自分なりの思想軸を整理していった時に、これは経営の「やり方」の話ではなくて、経営者としての「あり方」の話なんだと気づきました。

ディスカッションを重視する理由

――授業においてはディスカッションを重視されています。

各回の授業にディスカッションの時間を必ず設けているほか、全7回のうちの丸ごと1回を、「経営の本質」についての討論に当てています。議論を通して、学生自身に気づいてほしいのです。ディスカッションは毎回、溢れるような熱量で展開されます。この授業で、経営者視点での「考える力」をぜひ身につけていただきたい。

私は、会社というのは「人を幸せにするために存在し、利益はその手段である」と考えています。受講生には、社員も取引先も顧客も幸せにするようなビジネスリーダーになってほしいと願っています。


榎戸康二客員教授略歴

1983年
慶應義塾大学経済学部卒業
1983年
松下電器産業(現パナソニック)株式会社 入社
2007年
パナソニックアビオニクス株式会社 社長
2015年
パナソニック株式会社 AVCネットワークス 社長
2016年
パナソニック株式会社 代表取締役専務
2017年
創援株式会社設立 代表取締役
2018年
一橋ビジネススクール 客員教授

HUB-SBA MAGAZINE